上げの稽古は許可をもらうため
落語はこの上げのお稽古というのがあって、基本的にはこのお稽古を通過しないと高座ではやってはいけない事になっています。
「許可をもらうための稽古=上げの稽古」
これがまあ緊張します。というかはっきり言ってネタおろしよりも緊張します。
そらまあ当たり前だと思います。目の前で聴いているのが、本職の落語家だし、そもそも教わった人が目の前にいるわけですから、その噺についてとてもよく理解しております。
そんなことを思うともう身体がガチガチです。
色々な稽古
聴いてくださる師匠方にも特徴があって、目をつぶって聴く人、メモを取りながらの人、噺を止めながら少しずつ進めていく人、やり方は様々です。
もちろんこちらからどういうスタイルでやって欲しいなんて言えませんから、その師匠のスタイルのお稽古を受けるわけです。
終わった後の評も様々です。
「うん。良い。」
ってそれで終わる方もいれば、メモを取られている方は、細かく色々と言ってくださる場合もあります。
許可が欲しい
問題は、上げの稽古は許可をもらう稽古なので、やっても良いというお墨付きが欲しいのに、何もなくお稽古が終わろうとする時です。
そういう時は、こちらから「師匠、どこかでやっても宜しいでしょうか?」
とそれとなく聴く。と、
「良いよ。」か「また聞かして。」
などの答えを引き出せます。後者の場合は、許可がもらえなかった。つまり上がらなかったという事で、しばらく経ってからまたお稽古に行くわけです。
最終的にはお客さんが一番の先生
殆どの場合、上がらないという事はありません。上げてもらえます。上げてもらって最後に、
「あとはお客さんに教わんなさい。」
と一言添えてくださる方もいます。落語は半分はお客さんの前で試していますからね。何度もやってお客さんの反応が一番のお稽古になるよという事です。
僕はないですが、中にはなかなか上げてくださらない方も居て、そういう方の場合は何度も通うわけです。
でもこれはよくよく考えたらかなりありがたい事です。だって、お稽古ってつける方も疲れますからね。その労力を費やしても噺を良くしてやろうと思ってくださるわけですから。
しかも、僕らのお稽古とか他のことにしても、先輩に何かお願いした時は、お金を渡すわけでなく無償です。せいぜい、菓子折りをお渡しするくらいで、基本的に目上の方に金銭を渡す事ははあり得ません。
これもすごい事ですよね。売り物(そのネタで稼いでいる)をほぼ無償で教わって、お稽古もつけてくださるわけですから、本当にすごい世界だとつくづく思います。
でも大体そういう先輩方も口々に言います。
「俺も昔たくさん教えてもらったから。」
今日は落語のお稽古の話でした。
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